
歯を失ってしまったとき、「これからの食事は美味しく食べられるだろうか」「人前で口を開けて笑っても大丈夫かな」といった不安を感じるのは、ごく自然なことです。
失った歯の機能を補う方法には、入れ歯、ブリッジ、そしてインプラントという選択肢がありますが、それぞれに特徴があり、「できること」と「できないこと」が異なります。
特にインプラント治療は、周囲の歯に負担をかけずに自立して治療できることから、多くのメリットがある治療法の一つです。
しかし、すべての方にとってインプラントが「適切な選択」とは限りません。お口の中の状態やライフスタイル、全身の健康状態によって、適しているかどうかの判断は分かれます。
この記事では、どのような方にインプラント治療が適しているのか、検討すべき具体的なケースや条件について詳しく解説します。ご自身にとって納得のいく治療法を選ぶための、判断材料の一つとしてお役立てください。
目次
■インプラント治療を検討すべき5つの具体的なケース
インプラントは、人工歯根を顎の骨に埋め込み、天然歯に近い構造の回復を目指す治療法です。日々の診療経験から、特に以下のようなご希望や状況にある方にとって、インプラントの特性が良い影響をもたらす可能性があると考えられます。
1.【健康な歯の保護】両隣の歯を削らずに残したい方
歯を失った箇所の両隣に健康な歯がある場合、ブリッジ治療を選ぶと、構造上どうしても健康な歯を削って支えにする必要があります。一度削った歯は元には戻らず、将来的な歯の寿命に影響するリスクも否定できません。
インプラントは失った歯の部分にのみアプローチできるため、両隣の健康な歯に負担をかけず、そのまま温存したい方には適した選択肢です。
2.【咀嚼機能の回復】硬いものもしっかり噛んで食事を楽しみたい方
粘膜で力を支える入れ歯は、天然歯に比べるとどうしても噛む力が弱くなりやすい傾向があります。「お肉や硬い食材が食べにくくなった」と感じる方もいらっしゃるでしょう。
インプラントは骨にしっかり固定されるため安定感があり、硬いものや弾力のある食べ物も噛みやすくなることが期待できます。食事の楽しみを大切にしたい方には、検討する価値のある方法です。
3.【審美性の追求】自然な見た目を維持したい方
部分入れ歯には、歯に固定するための金属のバネ(クラスプ)が付くことが一般的です。笑ったときや会話のふとした瞬間に金属が見えてしまうのを懸念される方もいらっしゃいます。
インプラントには金属のバネがなく、人工歯にはセラミックなどの素材を使用することで、天然歯と調和した自然な口元を目指すことができます。
4.【奥歯の欠損】ブリッジの支台となる歯が奥にないケース
一番奥の歯を失ってしまった場合、そのさらに奥には支えとなる歯がないため、ブリッジの治療が難しい場合があります。そのため、通常は入れ歯が選択肢となりますが、「入れ歯の異物感をどうしても避けたい」という場合には、構造的に自立するインプラントが適している場合があります。
5.【入れ歯の悩み解消】現在の入れ歯の不具合を改善したい方
現在使用している入れ歯に対して「ズレやすい」「当たって痛い」「しゃべりにくい」といったストレスを感じている方も少なくありません。
インプラント治療によって固定式の歯に置き換える、あるいは「インプラントオーバーデンチャー」のように入れ歯をインプラントで固定する方法を選ぶことで、これらのお悩みが軽減され、生活の快適性が向上する可能性があります。
■骨の状態や全身疾患とインプラント治療の適合性について
「インプラントにしたい」というご希望があっても、患者様のお身体の状態によっては慎重な判断が必要なケースもあります。安全に治療を進めるために確認しておきたい条件について解説します。
◎顎の骨の量と質
インプラントは顎の骨に埋め込み、骨と結合させることで機能します。そのため、土台となる骨に十分な高さや幅が必要です。歯周病や抜歯後の経過により骨が吸収されて少なくなっている場合は、標準的な治療が難しいこともあります。
ただし、近年では「骨造成(GBR法など)」という技術により、不足している骨を補うことで治療をご提案できるケースも増えていますので、まずは詳しく診査診断を行うことが重要です。
◎全身疾患との関係
糖尿病や高血圧、心疾患、骨粗鬆症などの持病がある場合、外科処置のリスクが高まる可能性があります。特に糖尿病で血糖値のコントロールが安定していない場合は、傷の治癒不全や感染のリスクが懸念されるため、医科の主治医と連携して数値が安定してからの治療が望まれます。
また、骨粗鬆症のお薬(ビスフォスフォネート製剤など)を服用されている方も、治療方針に関わるため歯科医師への事前申告が大切です。
◎喫煙習慣の影響
タバコに含まれる成分は血管を収縮させ、血流を悪くするため、インプラントと骨の結合を阻害したり、術後の治癒を遅らせたりするリスク要因となります。
インプラント治療の予後を良くし、長く使い続けるためには、治療期間中および治療後の禁煙を推奨するケースが多くあります。
■インプラント治療後のメンテナンスを継続できる方
インプラント治療において、大切にしたい点があります。それは、インプラントは「入れたらゴール」ではなく、「入れてからがスタート」であるということです。
◎インプラント周囲炎のリスク
人工物であるインプラント自体はむし歯になりませんが、歯周病に似た「インプラント周囲炎」になるリスクはゼロではありません。
プラーク(歯垢)などの汚れが原因で歯ぐきに炎症が起き、進行するとインプラントを支える骨が溶けてしまう病気です。天然歯よりも炎症の進行が早いことがあるため、日々のケアはお口の健康を守る上で重要になります。
◎定期検診に通える
インプラントを長期間にわたって快適に使用していただくためには、ご自宅での丁寧なセルフケアに加え、歯科医院での定期的なメンテナンス(検診・クリーニング)が欠かせません。噛み合わせの微調整や、自分では取りきれない汚れの除去をプロの手で行います。
つまり、インプラント治療が適している方とは、単に骨の状態が良い方だけでなく、「治療後も歯科医院と二人三脚で口腔ケアを継続する意思がある方」とも考えられます。ご自身の健康に対する意識を持ち続けられる方こそ、インプラントを長く使い続けられるでしょう。
■インプラント治療の適性に関するよくある質問
Q1. 高齢でもインプラント治療は受けられますか?
年齢そのものに厳密な上限はありません。80代以上で治療を受けられる方もいらっしゃいます。年齢よりも、全身の健康状態や外科手術に耐えられる体力があるかどうかが重視されます。
持病やお薬の服用状況については、カウンセリング時に詳しくお聞かせいただき、総合的に判断します。
Q2. 歯周病で歯を失った場合でもインプラントは可能ですか?
条件が整えば治療を行える可能性があります。しかし、歯周病が進行している状態でインプラントを入れると、インプラント自体も細菌感染してしまうリスクが高くなります。
そのため、まずは口腔内全体の歯周病治療を行い、歯ぐきの状態を整えてからインプラント治療を開始するのが一般的です。土台作りをしっかり行うことが大切です。
Q3. 金属アレルギーがある場合はどうすれば良いですか?
多くのインプラント体には「チタン」という生体親和性が高く、アレルギーが起こりにくい金属が使用されています。しかし、極めて稀にチタンアレルギーの方もいらっしゃいます。ご不安な場合は、皮膚科等でのパッチテストをおすすめします。
Q4. 治療期間はどのくらいかかりますか?
個人の骨の状態や治療部位によって異なりますが、一般的には3ヶ月から1年程度、骨造成を行う場合はそれ以上の期間を要することがあります。
これはインプラントと骨がしっかりと結合するのを待つ期間が必要だからです。焦らず、じっくりと治癒を待つことが、その後の長期的な安定につながります。
