
「最近、以前よりいびきが大きくなった」
「十分な睡眠時間をとっているはずなのに、日中の眠気が抜けない」。
もし奥歯を失ってからこうした変化を感じているのであれば、それは単なる加齢や疲れだけが原因ではないかもしれません。
奥歯は食事を楽しむためだけでなく、下顎の位置を安定させ、呼吸をするための気道を確保するという重要な役割も担っています。奥歯がない状態が続くと、噛み合わせのバランスが変化し、睡眠中の呼吸に負担をかけてしまうことがあります。
特に50代・60代の方において、この「歯と睡眠」の密接な関係は見過ごされがちなポイントです。
この記事では、奥歯の欠損が睡眠時無呼吸症候群(SAS)にどのように影響するのか、そのメカニズムについて解説します。
また、インプラント治療によって噛み合わせを整えることが、睡眠の質にどう関わってくるのかもご紹介します。
SAS特有の歯ぎしりからインプラントを守るための注意点にも触れていますので、健やかな眠りと生活を取り戻すための参考にしてください。
目次
■噛み合わせと下顎の位置が睡眠時無呼吸症候群に影響する理由

奥歯を失うことは、単に食事がしにくくなるだけではありません。お口全体のバランス、そして「呼吸のしやすさ」にまで関わっている可能性があります。
◎奥歯を失うと噛み合わせの高さが下がる仕組み
奥歯(大臼歯)は、上下の歯が噛み合ったときにお口の高さを維持する「つっかえ棒」のような役割(咬合支持)を果たしています。家屋で例えるなら、屋根を支える大黒柱のような存在と言えるでしょう。
この大切な奥歯を失い、適切な処置を行わずにいると、噛み合わせを止めるストッパーが失われてしまいます。その結果、徐々に噛み合わせが深くなり、上下の顎の距離(咬合高径)が短くなってしまうことがあります。
ご自身では気づきにくい変化ですが、お顔の印象の変化や、顎関節への負担として現れることも少なくありません。
◎下顎の位置と気道の関係
噛み合わせの高さが低くなると、骨格の構造上、下顎が後方へと下がっていく傾向があります。これを「下顎の後退」と呼びます。
下顎が後ろに下がると、それに連動して舌の付け根(舌根)も喉の奥へと落ち込みやすくなります。特に仰向けで寝ているときは重力の影響も加わるため、落ち込んだ舌が空気の通り道である「気道」を圧迫し、狭めてしまうことがあります。
これが、いびきや無呼吸状態を引き起こす、あるいは症状を進行させる要因のひとつと考えられています。
◎睡眠時無呼吸症候群(SAS)の基礎知識
睡眠時無呼吸症候群(SAS)とは、睡眠中に呼吸が止まったり、浅くなったりする状態が繰り返される疾患です。主な兆候として、以下のような点が挙げられます。
- 大きないびきを指摘される
- 睡眠中に呼吸が止まっていることがある
- 日中に強い眠気を感じる
- 起床時に頭痛や倦怠感がある
SASは睡眠不足の問題にとどまらず、酸素不足によって高血圧や心疾患などのリスクを高めることが知られています。歯科領域においても噛み合わせとの関連性が注目されており、医科と連携した対応が重要視されています。
■意外と知られていない「奥歯の欠損」と睡眠障害の悪循環
奥歯がない状態と睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、互いに影響し合う関係にあります。ここでは、見落とされがちなリスクについて解説します。
◎入れ歯を外して寝ることで気道がさらに狭くなるケース
奥歯を失った際の治療として「部分入れ歯」を使用されている方もいらっしゃるでしょう。一般的に、部分入れ歯は就寝時に外して歯ぐきを休ませることが推奨されたり、誤飲防止のために外すよう指導されたりすることがあります。
しかし、入れ歯を外して就寝するということは、その間、噛み合わせの支えがない状態になることを意味します。
先述の通り、支えがないと下顎が後退しやすくなるため、本来リラックスして呼吸すべき睡眠中に、かえって気道が狭くなってしまう可能性があります。日中は入れ歯で高さを保てていても、夜間にその機能が失われてしまう点には注意が必要です。
◎SAS患者に多い「強い歯ぎしり」が残存歯を傷めるリスク
SASの方は、睡眠中に呼吸が止まると、脳が呼吸を再開させようとして覚醒反応を起こします。この際、無意識のうちに強い力で歯ぎしりや食いしばりをしてしまうことがあります。
奥歯がない状態で強い歯ぎしりをすると、その大きな力を前歯や残っている少数の歯だけで受け止めなければなりません。これは残された歯にとって大きな負担となり、歯が割れたり、揺れ始めたりする要因になり得ます。
つまり、SASが歯への負担を招き、歯を失うことでさらに噛み合わせ環境が変化してSASにも影響する……という悪循環が生じやすくなるのです。
■インプラントで奥歯の噛み合わせを再建するメリット
失った奥歯を補う方法はいくつかありますが、睡眠時の気道確保や噛み合わせの安定という視点で考えると、インプラント治療には特有のメリットがあります。
◎24時間安定した噛み合わせの高さを維持できる
インプラントの大きな特徴は、顎の骨に固定されるため、ご自身の歯に近い感覚で機能することです。入れ歯のように就寝時に取り外す必要がありません。
寝ている間も常に奥歯が存在するため、噛み合わせの高さ(咬合高径)を24時間維持することができます。これにより、就寝中も下顎が後方へ下がりすぎるのを防ぐ支えとなり、気道のスペースを確保しやすい環境づくりに寄与します。
◎下顎の位置が安定し気道スペースの確保につながる
しっかりとした奥歯で噛む位置が定まると、下顎の位置も安定しやすくなります。下顎が適切な位置で安定すれば、舌の沈下を抑えやすくなり、結果としてスムーズな呼吸をサポートすることになります。
もちろん、インプラントだけでSASのすべてが解決するわけではありませんが、口腔内環境を整えることは、呼吸の通り道を物理的にサポートする上で意義があるでしょう。
◎入れ歯・ブリッジとの比較で見るインプラントの特徴
他の治療法とも比較してみましょう。
- 入れ歯(義歯): 取り外す必要があるため、就寝中の下顎のサポートが弱くなりやすい傾向があります。また、装着したままの就寝は誤飲のリスクも考慮する必要があります。
- ブリッジ: 固定式ですが、支えとなる前後の歯に負担がかかります。特にSAS特有の強い歯ぎしりがある場合、支えの歯が耐えきれずにダメージを受けるリスクがあります。
- インプラント: 独立して噛む力を支えるため、他の歯に負担をかけません。就寝中も安定しており、強い力がかかっても周囲の歯を守る役割を果たします。
このように、睡眠の質と残存歯の保護という観点からも、インプラントは有効な選択肢のひとつと言えるでしょう。
■SAS患者がインプラント治療を受ける際の注意点
SASの症状がある方がインプラント治療を検討する場合、通常の治療とは少し異なる配慮が必要です。治療した歯を長持ちさせ、全身の健康につなげるためのポイントをお伝えします。
◎インプラントを守るためのナイトガード(マウスピース)の重要性
SASの方は睡眠中に無意識下で非常に強い歯ぎしり(ブラキシズム)を行う傾向があります。インプラントは縦方向の力には強いですが、歯ぎしりのような横方向の揺さぶりには注意が必要です。
インプラント体や被せ物(上部構造)の破損、ネジの緩みなどのトラブルを防ぐために、「ナイトガード」と呼ばれるマウスピースの装着をご提案することがあります。
就寝中に装着いただくことで、歯やインプラントにかかる過剰な力を分散・吸収し、トラブルのリスクを低減することができます。
◎歯科と医科の連携で総合的にSASに対応する
インプラント治療によって噛み合わせを整えることはSAS対策のひとつとして有効ですが、それだけですべてが解決するわけではありません。
SASの重症度によっては、医科でのCPAP(経鼻的持続陽圧呼吸療法)や、専用の口腔内装置(OA)が必要になる場合もあります。
■よくある質問
Q奥歯をインプラントにすれば、いびきや無呼吸は治りますか?
A.インプラント治療だけでSASが完治すると断言することはできません。しかし、奥歯を再建して噛み合わせの高さを適切に戻すことで、下顎の位置が安定し、気道が広がりやすくなる環境は整います。結果として、いびきや呼吸状態が良い方向へ向かう効果が期待できます。
Q.睡眠時無呼吸症候群の疑いがありますが、インプラント手術は受けられますか?
A.はい、基本的には可能です。ただし、重度のSASの方は、手術中に仰向けの体勢が続くと呼吸が苦しくなることがあるため、モニタリングを行いながら慎重に進める必要があります。また、高血圧などの合併症をお持ちの場合も多いため、必ず事前にご相談ください。安全に治療を受けていただけるよう配慮いたします。
Q.インプラント治療後のナイトガードはずっと使い続ける必要がありますか?
A.はい、長期的な安定のために継続して使用することをおすすめします。SASの方特有の強い噛みしめは、ご自身でも気づかないうちにインプラントや残っている天然歯に大きな負担を与えてしまいます。大切な歯とインプラントを長く使い続けるための「保険」として、毎晩の装着を習慣にしていただければと思います。
